「翁」は特別な演目で、そもそもは五番立てであった一日の番組の一番最初に演ぜられる儀式的な曲で、今日では年頭の初会の時や、舞台披きなどで舞われます。露払いの千歳の舞、翁の舞、狂言方の三番叟が舞う「籾の段」「鈴の段」という三部構成になっています。翁は天下泰平、国土安全を祈るという古来の農耕儀礼の伝統を受け継いでいます。翁が最初に正面に向かい深々と礼をしたり、舞台の上で面を掛けたり、翁帰りと言って途中でシテが帰ってしまうなど、幾つか他には無い特色があります。
旅の僧が都千本の辺りで時雨に会い、由ありげな建物で雨宿りしていると、若い女が現れ、その建物が藤原定家の建てた「時雨の亭」であることを教えます。昔を懐かしむ女は更に、式子内親王の墓に案内して、定家の執心が葛となって纏わり付くその墓の謂われを物語り、内親王の霊であることを仄めかして墓の中に消えてしまいます。僧が読経して待つと墓の中から衰え果てた内親王が現れ、読経のお陰で少しの間苦しみから逃れ、報恩の舞を舞いますが、やがて元のように蔦葛に這い纏われて消えて行きます。
栂の尾の明恵上人は唐に渡り仏跡を尋ねる前に、暇乞いに春日明神にやって来ます。そこに宮守の老人が現れ、釈迦の在世中であればともかく、今では春日のお山こそ霊鷲山であると言い、入唐の必要などないと上人を説得して、もし約束してくれるなら奇瑞を見せようと去って行きます。上人が待っていると、大地を揺るがして竜神が現れ、さらに上人に入唐渡天を止めるように請願し、去って行きます。小書「白頭」は後シテの頭が赤から白に変わり、位も重くなります。
淡路と丹波のお百姓が年貢を納めに行く途中、道連れになる。二人はそれぞれ柿と昆布を納めた後、年貢にちなんだ歌を詠むよう命じられると、見事に詠み盃を頂く。二人は奏者に名を問われるのだが、あまりに珍妙な長い名前のため、直接領主に言うよういわれる。長い名前は節をつければ、覚えやすいのでしょうか? 拍子にかかって囃すところがなんともめでたい演目です。