帝の命で嵐山の桜を見に臣下がやって来ます。桜の名所は吉野山なのですが、御幸には遠いので、京の嵐山に移植されたのです。臣下は桜の木の下を清める老夫婦に会い、言葉を交わします。老人は、この桜は吉野の桜を移したので、吉野の神々も降臨すると言い、西の空に去って行きます。その後桜の枝を手にした女神の木守、男神の勝手の二神が現れ、舞を舞っていると、蔵王権現が颯爽と出現して豪快な舞を舞います。後シテは、常は赤頭ですが、今回は小書によって白頭となり、位も重くなります。
牧野小次郎の父は利根信俊に殺され、小次郎は父の仇を討つことを決心して、禅門にいる兄を訪ねます。小次郎は時節を待てという兄に唐土の仇討ち話をして説得し、二人で放下僧に身を窶して敵討ちに出掛けることにしました。瀬戸の三島で信俊に遭遇した二人は、信俊の伴の者に取り入り、禅の問答を仕掛ける信俊に当意即妙の返答をしながら、虎視眈々と敵の隙を覗います。そして曲舞や鞨鼓など様々な芸を見せた挙句、信俊が油断した隙に首尾よく本懐を遂げます。
所用あって外出した主従が、渡船場まで来て、家来の太郎冠者が「ふな(ヽヽ)やーい」と呼ぶのを聞きとがめた主人が「それはふなではないふ(ヽ)ね(ヽ)が正しい」と直します。冠者はそれをきかず「ふなが正しい」「ふねが正しい」とたがいにゆずりません。古歌や謡の例まで出して論じ合うが、主人の例の引き方が足らず、太郎冠者に軍配があがってしまいます。
奈良の春日大社を訪れた僧が、一人の女に会います。僧は女の持つ木の枝を不審に思って問いかけますと、女は春日明神がここに勧請された頃は木が少なかったので、氏子の努力で植林して森となったことを語り、さらに帝の寵愛を受けた後、心変わりを恨んで猿沢の池に身を投げて死んだ采女のことを語ります。猿沢の池に僧を案内した女は弔いを頼むと水中に消え失せますが、その夜在りし日の姿で現れ、僧の弔いを喜び、舞を舞い、なおも弔い給えと言って波に消えて行きます。
羽黒山の山伏が奈良春日野に着くと、一人の老人に会います。山伏がそこにある池の名を尋ねると野守の鏡と答え、また真の鏡は鬼神の持つものであると言い、春日野の鬼が昼は人、夜は鬼となって野を守ったことを語ります。さらに「はし鷹の野守の鏡…」の歌の元になった謂れを語った老人は、真の鏡を見せようと塚の中に消え失せます。深更になって山伏が祈ると、鏡を持った鬼神が塚の中より現れ、森羅万象を鏡に映し出して見せ、大地を踏み破って帰って行きます。小書「黒頭」は後シテの常の赤頭が黒頭に替わります。
修行を終えた山伏が帰路につく中、眠気に襲われたので、ちょうどいい藪を見つけると、中に分け入り昼寝をします。さて場面は変わり、屋敷の主人が大祖父の為に、縁起物のカタツムリを贈ろうと、太郎冠者を呼び出し、取って来いと言いつけます。ところが太郎冠者はカタツムリを知らないと言うので、主人は特徴を教えます。太郎冠者はカタツムリを探しに出かけると、藪の中でちょうど寝ている山伏を見つけますが・・・